東儀秀樹の嫁との危機説!がんをも乗り越えた奇跡の人

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その昔から天皇家に仕えていたという雅楽師の末裔、東儀秀樹さん。その育ちや風貌から真面目な方かと思いきや、家では息子を溺愛するパパなんだとか。

そこで今回は、東儀秀樹さんのお嫁さんのことや子供のこと、がんを患っていたことなどをリサーチします!

 

東儀秀樹 プロフィール

東儀秀樹(とうぎひでき) 作曲家、雅楽演奏家、俳優

1959年10月12日生まれ B型

東京都出身

成蹊高等学校、國學院大學文学部二部神道学科卒業

大学のとき、宮内庁式部職楽部の楽生科で雅楽を学び、1986年から10年間、楽師として活躍

宮内庁の楽師として活躍する一方で、1996年にアルバム「東儀秀樹」でデビュー

同年に宮内庁を退職し、フリーランスでの活動をスタートさせる

 

東儀秀樹は嫁と危機!? ユニークな東儀流子育て!

奈良時代から1300年間雅楽を世襲してきた楽家に生まれた東儀秀樹さん。でも、父親は商社勤めのサラリーマンだったらしく、幼い頃はメキシコやタイで過ごしたそうです。

古来より天皇家に仕え、宮中の儀式や園遊会などで演奏する雅楽師の末裔ですから、さぞ真面目な方かと思いきや、東儀秀樹さんは多趣味で有名。

鉄道・バイク・車・ミニカー・時計などのコレクターのようです。

特に乗り物がお好きなようで、高級外車やバイクを何台も所有しています。

この高額な趣味のせいか、価値観の違いから東儀秀樹さんに離婚の危機との噂が流れてしまいました。

実際のところ、これは根も葉もない噂で、お嫁さんとはテレビでものろける程仲がいいそう。

そんな東儀秀樹さんのお嫁さんは、東儀さんに7歳年下の一般女性で「美穂」さんと言います。

2007年11月には子供も生まれ、名前は「典親(のりちか)」くん。

現在9歳の典親くんは“ちっち”というニックネームで呼ばれているそうで、東儀秀樹さんはちっちくんにメロメロのご様子。

ちっちくんの送り迎えは毎日しているそうで、何かの行事には必ず参加するイクメンパパとしても有名になりました。

また子育てにも力を入れているそうで、東儀流子育てはこちら!

・羊毛フェルトで手作り手芸

・「廃材を使うことで、子供が物を捨てないで利用するという事を教えたい」と廃材で工作

・「命のつながり」を教えるために、山で捕まえた13匹のカブトムシを今では230匹までに繁殖させた

などなど…。

世田谷にあるご自宅の音楽スタジオではちっちくんと演奏したりと、一緒に体験して学ばせているようです。

これだけ育児にも協力してくれる旦那様に対してお嫁さんの美穂さんは、「家族が一体になれるのでいいです」と高評価。

しかし、ちっちくんを喜ばせるために東儀秀樹さんがドライアイスを食べてしまうのには美穂さんもビックリしたそうです。

口や鼻から煙を出してちっちくんを喜ばせたいらしいのですが、ちっちくんがマネしたら危ないのでやめた方がいいですよ。

 

東儀秀樹 過去にがんで余命宣告!?

音楽活動、俳優、趣味、子育てと、自分の生き方を楽しんでいる東儀秀樹さん。

実は過去にがんで余命宣告されていたそうです。

宮内庁で楽生だった1984年、25歳の時、左膝が痛み入院しました。

膝に水が溜まり、そこからがん細胞が見つかりました。

当時、患者へのがん告知はあまりなかったそうで、医師や看護師が隠す中「あと1年ももたないで死ぬんだろうな」と想像したそうです。

延命のために足の付け根から切断する検討も進んでいたとか。

「そんなに長くないが、死ぬまで一生懸命生き、完全燃焼しよう」

東儀秀樹さんは冷静にそう考えたそうです。

曲のフレーズが浮かぶと五線紙に書き、お見舞いの花が絵になると思うとスケッチブックを広げ、見舞客との時間も楽しんだといいます。

「わくわくする毎日を過ごしていました。

すると、医者が首をかしげる奇跡が起き、検査でがんの可能性を示す数値が下がって、がんが消えてしまった」

数年後、再び同じところが痛み、検査でがんと思われるカゲが見つかったそうです。

お医者様からは患部の切除手術を受けるように言われたようですが

「大丈夫という確信はなかったが、『しばらく様子を見よう』と決めました」

“達観”するとがんがまた消えていったそうです。

「病は気から」と言いますが、がんだと言われて冷静になれる東儀秀樹さんはスゴイですね。

しかし確実にこの経験が今の東儀秀樹さんのライフワークの礎になっているのでしょう。

東儀秀樹さんの今後の活躍に注目します!

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