財前宣之が天才と呼ばれた理由!現在は東北でサッカースクールを開校!

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元プロサッカー選手・中田英寿さんに「絶対にかなわない」と言わしめたサッカープレーヤー・財前宣之さんをご存知でしょうか。

天才と言われながら、表舞台で栄光を勝ち得なかった財前宣之さん。そこにはどんな理由があったのでしょう。

現在もサッカー界に身を置き、コーチとして指導に当たられている財前さんについて迫ってみます。

 

財前宣之 プロフィール

財前宣之(ざいぜんのぶゆき) 元プロサッカー選手、サッカー指導者

1976年10月19日生まれ

北海道室蘭市出身

中学、高校は読売ユースに所属

イタリア、スペイン、クロアチアの海外チームでの経験を積み、日本でもヴェルディ川崎やベガルタ仙台などで活躍。

靱帯断裂の大怪我を負い、結果、現役を引退後は、2012年から16年1月まではベガルタ仙台の育成コーチを務めるが、サッカースクール開校のため、ベガルタ仙台を辞めることをブロクで発表。

2016年4月、仙台で「財前フットボールスクール」を開校。

 

財前宣之 天才と言われた訳

現在では多くの日本人選手が海外でプレーすることが当たり前のように感じられますが、財前宣之さんは「海外組のパイオニア的存在」だったそうです。

そして、日本サッカー界の天才とも言われる中田英寿さんが

「僕らの年代では、多分一番有名な、一番うまい選手」

「ザイ(財前)とサッカーをやっているときが一番楽しかった」

と絶賛する才能を持った天才だったそうです。

運動量なら中田、パスセンスなら財前と言われていたようで、

「僕が走って、ザイ(財前)が裏へ出してくるっていう、本当にコンビのような選手でしたね。

財前のような選手がずっといたら、僕はずっと点取り屋のようにいただろうし、パスを出すというよりも貰う選手で居続けたと思う」

と中田英寿さんが話すほど、パスセンスや才能があった選手のようです。

また、U-17の日本代表選手はどうしたら財前さんに認められるかを考える人が多く、故・松田直樹さんはワールドユース時代に

「初めにザイに認められるか否かで、代表における立場が決まった」

と言っていたほど、同年代から一目置かれた選手だったようです。

しかし財前宣之さんはそれだけの実力がある天才だったのに、“栄光なき天才”になってしまいました。

靱帯断裂という大ケガをしてしまい、治療し大ケガを乗り越えて色々なチームでプレイするものの、かつてのプレイを取り戻すことが出来なかったようです。

ケガに泣くスポーツ選手は多いですが、財前宣之さんもケガに泣き、現役生活を終えてしまった一人なんですね。

 

財前宣之 現在は?

財前宣之さんは現在、仙台市でサッカースクールを開校されています。

「財前フットボールスクール」というこのスクールは2016年4月にスタートし、なんと財前さんが直接指導を行うそうです。

現役は引退されましたが、天才と呼ばれた選手に指導してもらえる子供たちはいい経験になっているでしょうし、財前さんはサッカーの技術だけではなく、「生きていく上で必要なこと」も子供たちに教えたいと言われています。

今の世の中、キッズの頃からスポーツに打ち込ませるご家庭が多い感じがしますが、技術習得だけが先行して、財前さんが大切だと考える「生きていく上で必要なこと」は後回しにされているような気がします。

プロや海外での経験がある財前選手に直接指導を受けるだけでも贅沢ですが、大切な精神論まで身につけられるとなると、きっと人気があるでしょうね。

ちなみに、このスクールでは大人のコースも準備されています。20~55歳までの男性限定ですが、当てはまる方はぜひチャレンジされてみてはいかがでしょう。

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