村山聖の死因は膀胱癌!「3月のライオン」の二階堂のモデルとなった天才棋士がいた

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将棋界の頂点に君臨する羽生善治さんと、かつて互角の勝負を繰り広げていた天才がいたことをご存知でしょうか。

それが、将棋棋士・村山聖さんです。

残念ながら、村山聖さんはもうこの世にいませんが、亡くなってから18年が経った今、漫画「3月のライオン」などで話題になっています。

なぜ今村山聖さんが脚光を浴びているのか。

そのキャラクターや、村山聖さんの死因などをリサーチしてみます!

 

村山聖 プロフィール

村山聖(むらやまさとし) 将棋棋士

1969年6月15日生―1998年8月8日没 AB型

広島県出身

 

 

村山聖 「3月のライオン」二階堂のモデル!?

「3月のライオン」は羽海野チカさんによる漫画作品で、2016年秋よりテレビアニメが放送予定です。

また、2017年には神木隆之介さん主演で映画化が予定されています。

主人公は、高校生にしてプロ棋士の桐山零ですが、零の自称ライバルであり親友でもある人物として「二階堂晴信」が登場します。

この二階堂には実在のモデルがいると言われていますが、それが若くして亡くなったプロ棋士・村山聖さんと言われています。

二階堂晴信はお付きのじいやがいるお金持ちキャラ。

顔にも出る素直さが、将棋の先輩からも愛されるマスコット的な存在です。

また、明らかになってはいませんが二階堂晴信には病気で色々制限がある設定。

見た目の体格からして、村山聖さんをモデルにしているのが良くわかります。

映画版では、二階堂が登場するかどうかはわかっていませんが、まだ続々とキャストが発表されている途中。どんな俳優さんがキャスティングされるか楽しみです。

現実の世界では、村山聖さんは若くしてこの世を去りますが、二階堂晴信には病気に負けず、大好きな将棋を存分に続けてほしいですね。

 

村山聖 若くして亡くなった死因は?

将棋の名人を目指し、志半ばにして病に倒れた村山聖さん。

若くして亡くなった村山聖さんの死因は「進行性膀胱癌」です。

5歳の時に「極度の疲労や発熱」が機能障害を誘発してしまう腎臓の難病「ネフローゼ」に罹ってしまった村山さんは、学校にも満足に通えない中、父親から入院中に教わった将棋の魅力に引き込まれて行きました。

めきめきと実力をつけ、17歳にしてプロデビューした村山さんでしたが、体調は常に万全ではなく、周りに助けられながら将棋を続ける毎日だったようです。

そんな中、1997年、癌が発見されます。大変な持病がある上に癌とは、本当に過酷な運命だと思います。

8時間半という大手術を受け、癌の手術は成功しますが、抗がん剤・放射線治療は将棋に支障が出ては困ると、村山聖さんが拒否されました。

一時は回復傾向があったものの、再発・転移が見つかり、再び入院。

最期は広島大学病院の名札のない病室でひっそりと過ごし、治療の甲斐なく逝去されました。

「…2七銀」という言葉が最期の言葉だったという逸話は有名です。

まさに病気と闘いながら将棋の世界を駆け抜けた人生だったと思われます。

19年が経った今も語り継がれる天才の存在の裏には、村山さんの人柄も影響しているようです。

「東の羽生、西の村山」とまで称されるほど、残した実績を見ると村山さんの6勝7敗と互角だった2人。

自分の命のともしびが見えていたのか、

「名人になって、早く将棋を辞めたい」

とも語っていたそう。

これは将棋が嫌なのではなく、先がなんとなく見えるからこそ、頂点を早く極めたいという気持ちだったのではないかと言われています。

そこまで好きな将棋をという存在がありながら、道半ばで逝く気持ちはどれだけ残念だったことでしょう。

村山さんは、命の大切さはもちろん、その人柄やひたむきな生き方にさまざまなことを学ぶことができると思います。これこそ、いろんなメディアで村山さんが取り上げられる理由ではないでしょうか。

ぜひ、漫画や映画を通して、多くの人たちに村山聖さんのことを知ってほしいものです。

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