大原麗子の死因となった病気はギランバレーではなかった!?

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2009年に死去された女優・大原麗子さんの7回忌法要が、今年の夏に営まれました。

大原麗子さんが亡くなって、そんなに経つんですね。

今回は大原麗子さんを偲ぶ思いも込め、改めて亡くなった死因や病気のことなどに迫ってみます。

 

大原麗子 プロフィール

1946年11月13日生~2009年8月3日没 AB型

東京都文京区出身

実家は老舗の和菓子屋

1975年に神経疾患であるギラン・バレー症候群を発症

47歳の時には乳がん手術を受けた

1999の年末から翌年にかけて、ギラン・バレー症候群が再発したとして芸能活動を休止

62歳で急逝

 

大原麗子の死因は? 実弟が語る「孤独死」

2009年に62歳という若さでこの世を去ってしまった大原麗子さん。

その最期は自宅での「孤独死」だったといいます。

大原麗子さんと2週間連絡が取れず、心配した実弟の政光さんが警察に相談したのが8月3日のようです。

その3日後の6日午後7時ごろ、政光さんと警察署員4~5人が麗子さんの自宅を訪れたところ、寝室で亡くなっているのを発見されました。

死因は不整脈による脳内出血とのこと。

しかし最期の姿は誰もが知っている大原麗子さんのままだったそうです。

化粧を施した大原さんの顔は、政光さんから見ても、写真に残したいと思うほど輝いていたんだとか。

「姉の自宅のドアを開けた時に、死んでいたら普通は死臭がするんだそうです。

だけど、一緒にいた刑事さんも死臭がないから、『よかったですね。無事ですよ』と言ったほどです。

それほどキレイな状態だったんですね。政光さんも余計に姉の急すぎる死が信じられなかったでしょうね。

哀しい「孤独死」という最期を迎えてしまったのは残念ですが、生前の綺麗なままの女優「大原麗子」として逝くことができたのは幸いだったかもしれませんね。

 

大原麗子の病気 ギラン・バレー症候群って?

ギラン・バレー症候群とは、筋肉を動かす運動神経の障害のため、急に手足に力が入らなくなる病気だそうです。

7割程度の人は、風邪や下痢などに感染した後、1~2週間して症状が出始めます。

2~4週間でピークに達し、その後徐々に改善します。

しかし、症状の程度は人によっても違い、最もひどい場合には寝たきりになったり、呼吸ができなくなることもあるといいます。

大原麗子さんがこの病気に侵されたのは29歳の時で、女優として絶頂期を迎えていたころです。

この頃は、病気を隠して、薬を飲みながら映画や舞台を続けていたのだとか。

女優としてのプロ意識なんでしょうね。

しかし1999年に再発、芸能活動も休止を余儀なくされてしまいました。

それでも大原麗子さんは現場復帰のために筋力トレーニングに励んでいたそうです。

努力する姿を人に見せることを嫌って、スポーツジムに行くのさえ拒んでいたという大原麗子さんは、自宅で病院の医師に指導されたリハビリを忠実にやっていたと言います。

腕立て伏せや腹筋を、ゆっくりした早さで行うことで効果が2~3倍になるそうです。

そのおかげで生前の姿のまま亡くなっていたのではと、実弟の大原政光さんは言っていました。

 

惜しまれる死

現場復帰は叶いませんでしたが、まさに女優としての意地を通した最期を迎えられた大原麗子さん。

あの甘ったるいハスキーボイスで、やさしく微笑む大原さんのことが、今でも思い出されます。

あの独特の雰囲気を持った女優さんは、なかなかお目にかかれませんね。そう考えると、本当に惜しい方を亡くしたのだと実感します。

大原さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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