小林麻央 最期は自宅で家族と?ブログに見る海老蔵の思いが辛すぎる! 

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市川海老蔵さんが、日々更新を続けているブログ「ABKAI市川海老蔵ブログ」。

その中で、6月23日に投稿した4本目のブログで「人生で一番泣いた日です」とコメントされ、同日14時30分から会見が行われることが発表されました。

5月から自宅療養に切り替えるため退院していた妻の小林麻央さんに何かが起こったことが想像され、ネットでも多く声が上がっています。

言葉にするのも辛いことですが、最期の時を迎えられたのでしょうか。

追記:1
小林麻央さんが、6月22日の夜、自宅で死去、最期を迎えられていたことが伝えられました。
ご冥福をお祈りいたします。

最期は自宅で海老蔵と家族と!?

かねてから病院で治療を重ねていた小林麻央さんでしたが、5月22日に退院。

自宅での療養に切り替えられたことが伝えられていました。

小林麻央さん本人のブログからも、海老蔵さんのブログからも、病は着実に麻央さんの最期に向かって進行しつつあることが伺える内容でした。

今年の2月には、住み慣れ、麻央さんのお気に入りだったという目黒区青葉台の自宅を引き払い、都心のマンションへ引っ越し。

その理由も、全室バリアフリーで麻央さんが暮らしやすい空間を作りたいという海老蔵さんの思いからだったようですが、このことからも、最期は自宅で…と考えられていたのでしょうね。

 

海老蔵のブログに見る思い

海老蔵さんのブログでは、6月23日、最初の投稿は5時59分。

「おはようございます」と題された記事には、現在シアターコクーンで上演中で主演を務める舞台「石川五右衛門外伝」があと少しで千穐楽を迎えることに触れています。

そして6時17分。「朝の日課」として次回の歌舞伎座での上演演目の台本をアップ。

わずか6分後の6時23分には「あさひ」と題して、きらきら光る朝日と朝茶の画像をアップ。

しかし、7時54分、次にアップされた記事のタイトルは「2017/06/23」。

「人生で一番泣いた日です。」

6月23日という日付をタイトルとした海老蔵さんの心境を考えると、何が起きたのかが想像できそうで辛いですが、会見で明かされることでしょう。

役者としては、家族との別れより仕事を優先するのが当然と言われています。

23日の舞台は、12時と17時の2回。

24日にも2回、そして25日千穐楽ということで、本来なら千穐楽まで待っての会見が理想なのでしょうが、これもまた海老蔵さんらしい対応なのかもしれません。

「最期」が思い違いであってくれれば…

会見を拝見してから、最新情報をお届けしたいと思いますが、私の父ががんで旅立ったのも6月でした。

クチナシの白い花が病院の駐車場に咲き乱れ、朝訪れた病室で反応していた父が、私が退室して20分後には息を引き取りました。

もう9年が経ちますが、あの日のこと、あの日のあの時間の流れ、空気や花の香り、いろんなものが今でも思い出されます。

海老蔵さんにとっては、それが朝日であり、勸玄君が好きな庭での水やりであり、命と同じくらい大切な仕事にあえて臨むことなのだと思います。

その舞台、海老蔵さんが無事務められますよう祈っています。

 

追記:2
海老蔵さんの会見で、その日、体調が悪くまったく喋ることができなかった麻央さんが、旅立つ間際、海老蔵さんに「愛してる」とつぶやいたと言います。

語尾の「る」あたりは聞こえるか聞こえないかだったかと言いますが、この短いひと言に、麻央さんのさまざまな思いが凝縮されているように思えますね。

最後の最後まで、こんなに美しい言葉で愛する人に声をかけられたことは、神様の最後のプレゼントだったのでしょう。

34歳という若さで命を奪っておいて何が神様だ、と思わないでもありませんが、麻央さんは自分の最期が近づくにつれ、その状況に抗うのではなく潔く受け入れる気持ちを持っていたようです。

幼くてかわいい我が子を置いて旅立つことが、どれだけ悲しくて悔しいことか、想像することもできませんが、それでもその気持を乗り越えて「愛してる」と旅立った麻央さんの強さに、本当に驚くばかりです。

体力的に考えると、言葉を発することさえきっと難しい状況だったと思いますが、そのチャンスを神様が与えて下さったに違いありません。

二人のお子さんのことは、海老蔵さんはもちろん、残された人たちがきちんとフォローされるはず。

死の間際まで痛みと苦しみの日々だったことを思えば、今はただ安らかにお眠りくださいと祈るばかりです。

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