京都五番町事件が映画「昼間の暗黒」で急展開!冤罪は繰り返してはならない

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1955年、京都の五番町と呼ばれる歓楽街(遊郭)で起こった「京都五番町事件」。

のちに国会をも巻き込むこととなる冤罪事件に発展したこの事件の真相が、10月15日放送の「奇跡体験!アンビリバボー」で明らかになるようです。

そこで今回は「京都五番町事件」を調べてみたいと思います。

 

事件の概要 ずさんな警察の捜査

1955年4月10日、京都の歓楽街「五番町」で、Aさん(23)が兄と2人で酒に酔い、Bさん(20)とケンカを起こしました。

その時点では通りがかりの女性が仲裁に入り、ケンカは収まります。

Aさんは仲間(Aさん、兄を含むと思われる4人)と別の飲み屋へ行きますが、今度は少年4人グループとまたもやケンカを始めました。

分が悪くなったのか、Aさんら4人が逃げ出すと少年4人は追いかけます。

そんな最中、最初にケンカしたBさんが現れ「さっき殴ったのはお前やな」とAさんの背中などをナイフで2ヶ所刺して逃走。

一瞬の出来事だったようで、Aさんの仲間はAさんの負傷には気づかなかったそうです。

2日後、Aさんは出血多量により死亡しました。

警察は少年4人を犯人と断定し、京都地検により暴行傷害致死などで起訴されます。

少年4人はケンカをしたことは認めますが、ナイフで刺したことは否認。

しかし警察の拷問めいた取り調べにより、自白を強要されました。

少年4人は在日朝鮮人だったため、警察は犯人に違いないと決めつけていたのです。

少年4人が犯人ではないことは、目撃証言もありました。

最初のケンカの仲裁に入った女性Cさんは、妹と夜桜を見た帰りに公衆トイレで手を洗っていました。

そこにBさんが現れ、Cさんを押しのけて血の付いた手ぬぐいとナイフを洗い始めたと言うのです。

これに対して、何としても少年4人を有罪にしたい京都地検はCさんを呼び出して取り調べを行い、ウソと決めつけた上で偽証罪で逮捕するという暴挙に出ます。

開いた口が塞がらないとはこの事ですね。

 

事件の解決は映画「昼間の暗黒」

事件から1年ほどたった頃、突如犯人であるBさんが凶器のナイフなどを持参して自首してきました。

自首を決意した理由は、当時上映されていた映画「昼間の暗黒」のラストシーンに感激し、自分の罪を反省したからだそうです。

この「昼間の暗黒」という映画は、「八海(やかい)事件」という実在の冤罪事件をテーマにしたもの。

1951年に山口で起こった八海事件。警察はある夫婦を残忍な形で命を奪った犯人を逮捕したものの、複数犯での犯行だと思い込みます。

そこへ、逮捕された犯人も減刑を狙って警察の複数犯説に便乗し、知り合いの名前を警察に告げるのです。

その嘘で、無実の人が逮捕され、一時は死刑判決まで受けたという冤罪事件、これが八海事件です。

面会に来た母親に向かって主人公が叫んだセリフ

「まだ最高裁があるんだ!」

は、その年1956年の流行語になったそうです。

どれだけ当時の日本をに影響を与えた映画かがわかります。

 

国会を巻き込む大問題に発展

冤罪事件を取り扱った映画「真昼の暗黒」が公開された際、「八海事件」はまだ審議中であり、1956年の段階では裁判所から圧力がかかっていたそうです。

「真昼の暗黒」が公開されただけでも、裁判所や国会を巻き込んでいたところへ「京都五番町事件」で似たような冤罪が発覚。

拷問による自白の強要、在日朝鮮人に対する偏見、目撃者を偽証罪で起訴猶予処分という犯罪者扱いをしたなどのことから、衆議院の法務委員会が激怒し、検察を非難したことから大問題となりました。

 

まとめ

人が人を裁くことを皆さんはどう考えますか?

人の真意を見抜くことは、決して簡単なことではありません。百戦錬磨の裁判官であっても、見誤ることもあるかもしれません。

その前の段階で、公平に調査を重ねなければならない警察が、過去にどれだけの冤罪事件を作り上げたのかを考えると、本当に恐ろしい限りです。

冤罪を作り上げることは、人の命を奪うのと同じこと。

このようなことは決して繰り返してほしくありませんね。

事件の真相や詳しい内容が気になる方は、10月15日放送の「奇跡体験!アンビリバボー」をご覧ください。

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