観光バス水没事故(京都) 由良川氾濫の中から生還できたのは仲間意識のおかげだった

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今年の9月に関東・東北地方を襲った台風18号。川が決壊し、多くの建物が濁流に飲み込まれていく様子は、自然の恐ろしさをまざまざと見せつけるものでした。

22日放送の「アンビリバボー」では、2004年に日本に上陸した台風23号が巻き起こした災害について特集されます。

被害は甚大なものでしたが、中でも人々の印象に残っているのは観光バスの水没した様子。京都・舞鶴を流れる由良川が氾濫し、またたく間に大きなバスをも飲み込んでしまったのです。

乗員は全部で37名。沈みそうになるバスの上で約10時間を過ごした37名、が無事全員救助されるに至った理由は何なのでしょう。

 

2004年台風23号の被害は甚大だった

2004年10月20日に日本に上陸した台風23号

この年は1951年に統計を取り始めて以来、台風の数が最も多く、またこの23号は史上3番目に遅い時期に上陸した台風でもありました。

本州の南にあった秋雨前線を押しあげるようにして移動したため、想像を超える大雨につながったと言われる台風23号。

その中でも被害がひどかったのが兵庫県豊岡市でした。

全世帯の半数以上に浸水被害。市役所も公立病院も河川事務所もみな水に浸かりました。

20日の午後1時頃からひどくなった雨は、18時過ぎには避難勧告を出すほどに。

それからも雨は降り続け、23時過ぎに兵庫県の中央を流れ、日本海に注ぐ円山川が決壊します。この時の円山川の最高水位は8.29メートル。昭和34年の伊勢湾台風の時の7.42メートルをはるかに超えていたそうです。

 

由良川を渡ったところで観光バスが水没!

その豊岡への帰路を急いでいたため、災害に巻き込まれてしまった観光バスがありました。

場所は京都府舞鶴市。ここも被害が大きかった箇所のひとつです。

兵庫県市町村職員年金者連盟豊岡支部の36名と運転手、計37名を乗せたバスは、10月19日に豊岡を出発。北陸を旅し、福井の芦原温泉から帰る途中でした。

紀伊半島に台風が上陸したという情報が入り、どこかでもう1泊した方がいのではないかという話で車内はまとまったものの、空いた宿が見つからず…。

そんな状態のまま、ぐだぐだと走り続けていたバスは、国道175号線に入り、由良川にかかる大川橋を渡ります。

しかし大雨のため、動けなくなってしまった車に阻まれ、渋滞にはまってしまうのです。

容赦ない暴風雨はそんな間も続きます。先ほど渡ってきた由良川も氾濫してしまい、見る間に水かさが増し、21時過ぎには社内に浸水。

乗客たちは窓ガラスを割って屋根に逃げ、何とか全員脱出したものの、ここからが本当の闘いでした。

バスが流されてはいけないと、流れてきた竹をバスと街路樹の間に渡して固定したり、カーテンで作ったロープを命綱として使ったりと、平均年齢67歳の人生の熟練者たちはいろんな創意工夫で、命をつなぐ道を見つけました。

そこから約10時間。

翌朝、海上自衛隊のヘリやゴムボートで全員が無事救出されたのです。

 

全員無事救助の理由とは?

高齢の方ばかりが乗り合わせ、激しい風と雨の中、何とか救助されるまで37名が生き延びた理由は何だったのでしょうか。

水位がバス以上にならなかったのも、看護師が乗客の中に居合わせたのも、幸運だったのかもしれません。

でも、一番に考えられているのは、その仲間意識です。

同じ地元を出発したものの、元は知らない者同士。

どんどん上がってくる水位にパニックを起こしてもおかしくない状態だったと思いますが、37名は協力してバスの屋根にあがり、まず自己紹介をしたと言います。

そして信じられないことに、互いに歌を歌ったのだとか。

元看護師の中島明子さんは「上を向いて歩こう」を歌い、替え歌で「幸せはバスの上に~」と歌ったと話されています。そして

「一人一人が何をすべきか考えていた。泳げる人もいたけど、何としてもみんなで助かるんだという雰囲気だった」

と言われているのです。

ひと晩雨風にさらされて、身体的にはもちろん精神的にもかなりダメージを受けていたはずですが、「みんなで助かる」という仲間意識が全員救助につながったんですね。

本当によかったです!!

乗客がつづった記録で再び考えさせられる人の持つ底力

人の命はもろいと感じることもありますが、今回のエピソードに私は人の強さを感じます。

低体温症などになりかかった方もいたようですが、そんな中でもお互いを励ましあい、救助を待った皆さん。

バスを進ませるという判断が誤っていたのではないかと、運転手さんだけはややしょんぼりしていたそうですが、誰も責める人はいなかったというのもとても温かいお話です。

この台風23号での犠牲者は行方不明者まで入れると98名に上りましたが、そんな中、賢明な判断で観光バスの上で救出を待った皆さんは、ある意味勇敢だったのかもしれません。

乗り合わせた中島明子さんが書かれた

『バス水没事故 幸せをくれた10時間 人を深く信じた奇跡の瞬間』

では、もっと詳しいお話が語られているようです。

自然災害の怖さを忘れないためにも、いざという時の判断を誤らないためにも、一読しておくとよいかもしれませんね。

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