清野とおるが障害を抱えた理由!大学時代から描き続けた漫画が赤羽で開花した

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東京都北区赤羽で大人気だという漫画家の清野とおるさん。

そんな清野とおるさんが12月3日放送の「アウト×デラックス」に出演されるようです。

公の面前に素顔をさらさない主義だという他に、清野とおるさんのアウトな部分って気になりますね。

そこで今回は、清野とおるさんで検索するとあがってくる障害や大学をリサーチします!

 

清野とおる プロフィール

清野とおる(せいのとおる) 本名 清野通

1980年3月24日生まれ 35歳

東京都板橋区志村出身

東京都北区赤羽在住

 

清野とおる 障害を持っていた!?

シュールで不条理な作品が多い清野とおるさん。

清野とおるさんは公の場に素顔を見せない主義だとのことなんですが、理由は「口の粘膜をみられたくない」のだそうです。

口を開けたところをみられたくないということなんでしょうか?

そんな清野とおるさん、少年時代は強迫観念による幻聴に悩まされていたそうで、幻聴の命令に従わないと激しい頭痛に襲われたといいます。

「友人を殴る」
「水溜りを飲む」
「答案を破く」
「小学校を脱走する」

などトゥレット障害という神経精神疾患の1つによる奇行が多くなり、小学校を早退して脳検査を受けたことがあるとブログで明かしていました。

漫画家になってからも理由のわからない吐き気に襲われ、抗精神病薬の手放せない時期があったそうです。

原因を考えてみたのですが、それは清野とおるさんが通っていた保育園にあるようです。

その保育園は今は閉園してありませんが、児童虐待を平然と行う園長と従属する副園長に支配された「地獄保育園」だったとか。

園児は縄で縛られたり、下半身だけ裸にされて立たされたり、清野とおるさん自身もニワトリ小屋に閉じ込められたり、無実の罪を着せられて強制的に土下座をさせられたりしたそうです。

それでも、園内の雑用をしていた園長の息子や保母さんが、必死に園児を守ってくれていたそうですが、園長の息子が園内の中庭で掃除中に変死したそうで、園児には数多くのトラウマを与えたと思われます。

この保育園に通っていたのが昭和58年から61年だそうなので、清野とおるさんは3歳から6歳まで通っていたことになります。

普通に考えても、この頃の記憶って覚えていないことの方が多いと思いますので、よっぽど痛烈な記憶になってるんでしょうね。

でなければ、神経精神疾患なんて起こさないと思います。

素顔を見せない理由が「口の粘膜をみせたくない」というのも、もしかしたら幼少期のトラウマからきているものなのかもと考えてしまいました。

 

清野とおる 大学時代から「東京都北区赤羽」に続くエピソード

大学3年生の時に「青春ヒヒヒ」の連載が開始した清野とおるさん。

授業を受けながらマンガを描いていたのだとか。

大学3年生といったら就職活動を始めている時期ですが、連載が決まっていたので就職活動はしなかったそうです。

ちなみにどこの大学かは公表されていませんね。

一生漫画家として突き進んでいくビジョンを描いていた矢先、連載半年で打ち切りになってしまい、そのまま卒業。

卒業と同時に無職になってしまい、当時の担当編集に「大学卒業してどうしたらいいですかね?」と聞いたそうです。

担当編集には「俺に言われても…」と他人事のようにあしらわれ、当然無職に。

その半年後、「ハラハラドキドキ」を連載し始めますが、これもまた半年で打ち切りに。

当時契約していた集英社では、社内のその一誌とだけ契約することになっていたので、他の雑誌に投稿することができず、書き続けるしかなかったようです。

そのうち漫画家になったもののうまくいかず、バイトも辞めて板橋区の実家を出ることになる。そこから「東京都北区赤羽」1巻につながっていきます。

マンガの中では、両親に就職を知らず知らずに強要され、居心地が悪くて家を飛び出したことになっていますが、これは実は脚色されたもの。

実際の両親は「お前の人生なんだから」とおおらかに見守ってくれていたそうです。

そして実家を出て赤羽に移り住み、清野とおるさんは波に乗っていきます。

2007年くらいから書き始めたブログが反響を呼び、人気が出始めて、現在では3本の連載をもつ人気漫画家になりました。

赤羽に移り住んだのは大正解だったようですね。

今後、続編の「ウヒョッ!東京都北区赤羽」ではどんな赤羽が描かれていくのか楽しみです。

 

清野さんを見るたびに、なんでいつもマスクなんだろうと疑問に思っていましたが、その謎が解けました。

でも子供が経験するには、あまりに辛い経験をされたんですね。

幼いながらもしっかりと周りの大人を観察されていたのかもしれません。それが今の作風につながっているのかも…と思ってしまいます。

でも、保育園でも見方をしてくれる先生がいたり、漫画家になるときも両親がそっと背中を押してくれたり、何より赤羽でいろんな理解者に出会えたりと、人に救われた人生のような気もします。

クセのある作風ながら、決して曲げないポリシーについてくるファンも多い清野さん。

これからの活躍に期待したいと思います。

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