ジェイシー・リー・デュガード誘拐事件 18年の洗脳と監禁の悪夢!ジェイシーは今何を語る?

Pocket

9月24日(木)放送の「トリハダ(秘)スクープ映像100科ジテン」で、アメリカで起こったジェイシー・リー・デュガード誘拐事件が取り上げられます。

11歳で誘拐され、洗脳されたまま18年間の監禁生活。番組ではジェイシーが悪夢の18年を語ると言います。

ジェイシーはどんな思いでどんな生活を送っていたのでしょうか。

 

18年間の洗脳と監禁

2009年8月、18年前に行方不明になっていた少女が保護されたというニュースが全世界を駆け巡りました。

少女の名前は、ジェイシー・リー・デュガード

いなくなった当時11歳の少女だったジェイシーは、29歳の大人の女性になっていました。

18年という時間の長さを痛感します。

事件が起きたのは、1991年6月10日。

ジェイシーはスクールバスを待っているところを、犯人のフィリップ・クレイグ・ガリドーと彼の妻ナンシーに車で連れ去られ、犯人の自宅の裏庭にある小屋に監禁、性的虐待を受けたといいます。

14歳で1人目の女の子を、17歳の時には2人目の女の子を自力で出産。

2人の娘は保護された当時、11歳と15歳になっていて、病院も学校も行ったことがなかったそうです。

犯人のフィリップは、前に起こした性的事件で仮釈放の身で、定期的に保護観察員による訪問を受けていましたが、裏庭が調べられたことはなく、ジェイシーを発見する機会を逃していました。

外界との接触を断たれ、水も食料も満足に与えられず、ジェイシーは犯人に洗脳されていったそうです。

フィリップは、仮釈放の身ということでGPSのブレスレットもつけられていたそうですが、まさにそれは飾りでしかなかったわけですね。

ジェイシーは生き延びて母親に会いたい一心で、言いなりの生活を18年も続けたそうです。

また、犯人のフィリップ・クレイグ・ガリドーは自宅で中小企業を顧客とする印刷会社を経営していました。

そこでジェイシーは「アリッサ」という偽名で働かされていました。

顧客によると、ジェイシーは、名刺やチラシの制作を担当し、真面目な仕事だったと云います。

しかし、電話やコンピューターを使える立場にありながら、外部に助けを求められなかったのは、やはり何らかの洗脳を受けていたんでしょうね。

痛ましいことです。

 

ジェイシー・リー・デュガード誘拐事件のその後

2011年6月、犯人のフィリップ・クレイグ・ガリドー、妻ナンシー・ガリドーに対して判決が下されました。

フィリップ・クレイグ・ガリドーには禁固431年、ナンシー・ガリドーには禁固36年。

法廷にはジェイシー本人は出廷せず、代理で母親が出廷しました。

ジェイシーのコメントとして母親が読み上げた手紙には

「毎日24時間、1年365日、18年間、自分は常に自分と家族の人生を奪った犯人をうらんでいた。

自分が法廷に出ないのも、もうこれ以上、1秒でも時間を奪われたくないからです」

とありました。

そうですね、もっともだと思います。

また、生存を信じて待ち続けた母親との再会、2人の娘も含めた新生活では、ひとりでの外出が怖い、わずかな物事でも自分自身で判断をすることができない、メディアに追われるなど試練が続いたようです。

そしてジェイシーは、18年間の詳細などを綴った手記「奪われた人生 18年間の記憶」を出版。

つらい記憶をあえて本にしたのには、自分自身が過去を整理し、未来を生きるために必要だったのと同時に、少女を取り巻く社会の危険を世に知らせたいとの思いがあるそうです。

周囲の助けで少しずつ自由な生活を楽しめるようになったジェイシーは、誘拐やその他の精神的苦痛を体験した家族を支援する財団を設立し、新たな人生を歩んでいるそうです。

 

あまりにも大きな罪

11歳から29歳までの18年間。

人の人生の中でも、一番変化に富んだ時期です。

小学校を卒業し、中学や高校で学び、いろんな友人関係を育んで、時には恋もして。

大学に進学して学問をきわめたり、社会に出て仕事に就いたり。

そして結婚や出産。女性ならば、特に大きな変化が体にも訪れたはずです。

そんな大切な時間をむごい形で奪われてしまったジェイシー。

何を決定することも許されず、全てが犯人のいいなりだった日々の中で、生きて母親に会うことだけが支えだったようです。

決してジェイシーの気持ちを推し量ることはできませんが、その心の傷が一生いえないことは確かです。

ジェイシーと子供たちのこれからの人生が、とにかく平穏で幸せな時間であることを願っています。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ